2022年6月24日金曜日

墨には五彩あり

 


墨には
彩あり

 

 足立美術館での“心に響く言葉”第2弾です。

 第1弾では、横山大観をはじめとした近代の日本画において気になった画題「猿猴捉月」について、その読みや隠された意味について綴りました。

 今回は、数多く展示されていた近代日本画の中で特に素晴らしいと感じた横山大観の“雨霽る(あめはる)”について調べてみました。

 霽る(はる)とは、晴れるや憂いや悩みが解消する、心がはればれとするといった意味を持つ古語のようです。

 資料によると、「雨霽る(あめはる)は大観の集大成とされている山海二十題の中の一作で、雨上がりの山々を描いた大観の水墨画の中でも五本の指に入る名作です。

 水墨画は、鎌倉時代に禅とともに中国から伝わり、日本独自の風土から得た情趣が盛り込まれ日本ならではの発展を遂げてきたとあります。 

 また水墨画は、線だけではなく墨の濃淡や明暗を使用し、主観的なものを表現したものだそうです。 

 降雨の後に晴れ渡る山並みの流動感を描いたこの作品は、紀元2600年という奉祝を意識したものとされていて、大観が日本そのものを深く思う気持ちが伝わってきます。 

 そして、大観が愛してやまなかった富士山が彼方にそびえる姿と、手前の山並みの中ほどに僅かに見えるお寺の塔に、大観の人間らしさが見えます。」とありました。 


 覆いつくしていた靄が少しずつ消えていく様子が迫力を持って描かれ、何とも言えない静けさや明るさそして時の動きを感じさせます。

 手前から徐々に姿を現す山々の向こうに雄大な富士が晴れ晴れとした心を見守ってくれているようにも感じます。 

 ですが、雨霽る(あめはる)”を見ていると何やら色彩的なものも感じ空間の奥行や色彩的なグラデーションも感じるようになってきました。

展示の解説欄に「墨色に五彩あり」と書かれており、非常に気になった“初めて知った言葉”です。

  

・墨色に五彩あり

 

  墨色には万物の色彩が含まれ、「墨には五彩あり」と言われます。「墨の五彩」とは、濃、焦、重、淡、清。

 水墨画の先達たちは、「色を以って墨光を助け、墨を以って色彩を顕す」、「色は墨を妨げず、墨は色を妨げない」、「色の中に墨あり、墨の中に色あり」という言葉を残しています。

  この意味には諸説あると思いますが、一説には、墨の濃い、薄いだけで表現する事で描いた人の思いや、見る人の気持ちでいろいろな色に変化する事と言われています。

  といった深い意味があるようです。墨の濃淡やその調和、対比で表現する水墨画に、静かさや豊かさを見たような気がします。 

 黒という色の中に、自分の気持ちで色を付け彩るその凄さに、また墨と色彩に品格を持たせた素晴らしさを感じました。 

 

 知らなかった物事を発見しその本質を確かめ、自分の気持ちに色を付け彩る、これからのテーマにしていこう!

 テーマはまさに「墨には五彩あり」。

2022年6月17日金曜日

わきまえる

 


わきまえる

 

 先日コロナが少し下火になったのを見計らって足立美術館に行ってきました。

 山陰本線安来駅からシャトルバスを利用させていただき、以前から行きたいと思っていた念願の美術館です。

 足立美術館は今秋開館50周年を迎え、「日本庭園」「横山大観」「現代日本画」に加え「魯山人館」がオープンしたそうです。

 日本庭園は、旅行ガイドによく出ている有名な庭園です。借景の手法で彼方の山々を取り込み、「枯山水庭」や「白砂青松庭」など趣の異なる美しい庭園が広がっている評判通りの素晴らしい庭園でした。

 ここでは、横山大観をはじめとした近代の日本画、北大路魯山人の書や陶芸などが収蔵されていてとても充実した内容です。

 今までよく知らずに見ていた日本画ですが、特に横山大観「春風秋雨」や榊原紫峰「菊花」などの美しさに感動しました。

 後日、日本画、横山大観などを調べていると何やら面白そうな「猿猴捉月」という画題が目につきました。

 もちろん画も美しいのですが、画題が気になったので調べてみた“初めてその意味を知った言葉”です。

 

・猿猴捉月(えんこうさくげつ)

猿猴捉月は、猿(さる)猴(猿の別名)捉(つかむ)月という仏教の譬喩(比喩)に由来するようで、

その意味は、

「猿たちが井戸水に映った月をとろうと木の枝にぶらさがって、数珠つなぎになったとたんに枝が折れてしまい、全員井戸の底に落ちて死んだという説話」からきていて「猿猴(えんこう)月を捉とらえる」と読むそうです。

転じて「欲をおこして前後をわきまえず、無謀な行動をとって大失敗すること。身のほど知らずが、その結果身を滅ぼすことのたとえ。」

実際の画は、少し雲がかかった月が井戸に映り、取りに行きたくなるような何とも言えず美しいものでした。 

この画にそのような深い意味があるとも知らず見ていたとは、知らないことが多いなあと痛感させられました。

 

無謀な行動で大失敗したことはないのですが、欲を出した小失敗、身のほど知らずに自ら引き起こした小失敗など数多くの失敗を重ねてきました。

早くにこの言葉を知っていたらなあ、肝に銘じていたらなあと感じた言葉です。

猿猴捉月(えんこうさくげつ)、何事もわきまえる

2022年6月10日金曜日

品格

 


品格

 

 日曜日の朝、や短歌や俳句についていろいろと教えてくれるテレビ番組を毎週見ています。

 自身でやるわけではないのですが、その世界に触れることができます。

 紹介される短歌や俳句をじっくりと味わっていると、その情景が浮かんだり、気持ちがわかったりと素晴らしいものだと感じています。

 

 季節感を表す言葉を知ることができ、普段使う表現ではなくその時の心情を表す的確な短い言葉などを知ることができます。

 それぞれの文法的なこと、言葉の解釈や言い換えの方法など知らなかったことが多く身につくので楽しく拝見しています。

 文法を知ることや解説の先生方の添削一つでつながりやリズムが良くなったり、作り手の気持ちがわかるようにすっきりと感情が伝わったりします。

 なるほどなあ!とその世界を実感することができ、先生方はすごいなあといつも感心させられます。

 言葉の使い方で情景を表すことができ、心の内を上品にかつ品格を持って表現できるので素晴らしい文化だと感じています。

なんとなく品の良さというものの感覚はあるが、表現されるこの上品さや品格とはいったいどのようなことなのか?

まずは本当の言葉の意味を知るために調べてみた“初めてその意味を知った言葉”です。

 

・品格

日々の生活の中で何気なく言葉や態度、物の善し悪しを表現するとき「品」や「品格」という言葉を使います。本当の意味を知らないなあと感じたので、調べてみました。

 人や物についてその様子や風格を表す時、「上品・下品」という言葉をよく使います。

 これら「品」とは、その人にそなわっている人間性や風格の優劣を、また物については出来映えなどを指しますが、これらの言葉は仏教においては別の意味があるようです。

 

 天台宗のホームページには、”説話集には、仏典において「品」には2つの意味があり、一つは「同類のまとまり、段落」の意。二つ目は「種類」を意味する”とあります。

 仏教の経典の中に、“阿弥陀仏の世界である西方極楽浄土に往生する人を生前に積んだ功徳の違いに応じて9種類に分類し、総称して「九品(くほん)」”と呼ぶようです。

 

 功徳の違いから、浄土における最上位が上品とされているのですね。

 仏教用語の「上品・下品」から人間性や風格、物の出来栄えを表す言葉として定着してきたようです。

 とても深い意味を待った言葉だと知りました。

 

 また好きな時代小説の中に、“人として大切なものは、正義と品格を貫くことだ”、“正義とは、人の道にかなっていて正しいことだ”、と書かれていました。

 

 今まで正義と品格を貫いてきたとは言えない自分を顧みて、大切なものに気づかされたような気がします。

また、思い立ってすぐに品格が身に付くわけではなく、幼いころから学んできた礼儀や教養などが習慣化することで備わるのが一般的だといわれています。

 表面的に上品ぶるのではなく、本当の意味での品格を手に入れる、そして正義を貫き、品格がある人を目指そう!

 その場しのぎではなく、日頃から上品な振る舞いを心がけることが大切だということです。

 

 これからは、自身の内側から“真の品格”を!

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